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子育てと京アニ事件と吉本興業と 7月28日

おはようございます。

昨日の台風でじっとりしていた空気が、太陽に照らされて乾いていく朝です。

昨日は、末娘の期末の三者面談でした。
いよいよ進路決定の時期です。
三者面談に行くと、帰りに娘と名店ポワールでケーキを食べるのが
楽しみです。

学校へ行くと、三者面談後、明らかに怒っているお母さんの後ろに
俯いてついて行く娘さんの姿を見ました。
帰宅しても、また叱られたり、不機嫌な親に向き合うのは、大変だな…。

私自身は、毎回の子どもの成績結果に、
一喜一憂したことはあまりなかったです。
決して成績は、よかったわけではなく、いつもギリギリとか、
ボチボチとかでしたし、欠点があれば、
学校から呼び出しも受けました。^_^

 

息子などは、いつ頃からかテストの結果を全く見せなくなり、
スポーツと遊びに熱中していました。

子どもたち3人は、勉強する時は、自分の部屋より
いつもダイニングで音楽を聴きながらとかしながらでした。

 

娘たちは、それぞれ学校でのいじめで、不登校になった時期もあり、
そんな時は、学校の先生方に助けてもらいながら、親として、
悩みながらも毅然と対応してきました。

何があっても自分が子どもを守ると。

だからそれ以来、子どもは、まず元気で生きてくれていたら、
それでいい、と思うようになりました。

 

今回の京都アニメーションの痛ましい事件にも、
本当に怒髪天を突く思いです。

自分の子どもがあんな殺され方をしたら、自分はどうするか?

真面目にしっかりと生きる、働く、人と助け合って生きていける、
そんな子どもを必死に育てて、本人も頑張っているのに、
あんな殺され方をしたら。

加害者に反省や謝罪なんかしてもらう必要はない。
まず同じ恐怖と苦しみを持ってこの世から消えてもらうしかない、
と願うでしょうね。あくまでも私は。

 

第三者がしたり顔で、「加害者の人権」をすぐに言いますが、
所詮は他人事だから、そんなことを言って済ましているんです。

昔、堺市の小学校でも授業中に斧を振り回す男性教員がいて、
市教委が、その教員を「人権」を盾に放置していました。
私は、「じゃあ、あなた方は子どもたちの誰かの頭に斧を
振り落とされてからでないと対処しないのか」と迫り、
警察への通報とその教員に精神科の受診をさせるという措置を
とってもらいました。
教室で斧を振り回すという行為は、すでに暴力であり、犯罪ですしね。

 

「人権」がすべての人間の権利であることは、あたり前であり、
加害者の人権を否定しているわけではありません。

誰かの生命の危機が想定される場合や、
恐怖や欠乏の中にある状況は、
被害者の安全安心を確保することが第一義です。
「人権」や「個人情報の保護」を履き違えて濫用するのはまちがいです。

事案へのしっかりとした対応もせず、「加害者の人権」を先に言ったり、
配慮するのは、まさに本末転倒であり、
場合によっては加害者への加担になりかねないと、私は考えています。

かつて、犯罪被害者家族の会「あすの会」の皆さんと共に運動し、
その成果として犯罪被害者等基本法が制定されましたが、
その過程で、大きな障壁となったのは、
長年の現行法の「加害者の人権」擁護主義でした。

 

私は、その時はじめて法は全く被害者や弱者を救済するものでは
なかったんだと思い知らされました。


とくに見えにくい密室の家庭や職場、学校園、
あるいはサイバー空間などで起こるDVや子ども虐待、
ストーカーやハラスメント、買春、近親姦などの性暴力については、
特に法が現状改善や課題解決に追いついておらず、
早急な対応が必要です。

 

今回の吉本興業の案件も、社内組織論に焦点が逸らされている
ことを危惧しています。

社内組織論は、社内でやればよいし、笑いの会社だからと言って、
笑いで済ませる案件ではなく、反社会的勢力が吉本興業にまで
(これもどちらがどうなのか定かになっていませんが)
コミットメントしているという現実に、
芸人さん個人も吉本興業という大企業もが、どう対処し、
社会的責任を取るか、ということです。

 

吉本興業は、反社会的勢力との関係性を
明らかにすることが本題です。はっきりさせるべきです。

また、それぞれが持つ番組の中で、視聴率のため?とはいえ、
自社の問題について自分の意見を述べるなど、番組の私物化であり、
その傲慢さと無知な行為には、辟易する。
本題を組織ぐるみで逸らしているようにさえ思えます。

そこまでやらせてしまう局や、スポンサー企業は、
民放であっても「公共の電波」の
役割を忘れてしまってはいないか。憲法に規定されていますよ。

反社会的勢力などによる、多くの犯罪被害者の苦しみや悲しみ、
絶望は、笑いではごまかせないんです。

 

京都アニメーションの亡くなられた方々やご家族や関係者、
また彼らのファンの皆様、またこの事件に心を痛めている
多くの皆様の思いに、あの加害者が何を償えるでしょうか。

笑いの力は、こんな一方的な凶悪な暴力行為が、
起こらない社会を実現することに本来は一役買えるはず。

孤独と独り善がりと、すべては他者のせいだと、
キレまくる人間の暴力性をたしなめ、
むしろ悲しみのどん底にいる人々に希望と勇気を与える力があるはずです。

でも最近の笑いは、人を差別したり、人を叩いたり、ハダカにしたり。
最低最悪で、こんな人らが吉本興業のトップクラスの芸人さんで、こんな人たちが莫大なギャラをもらっていることに憧れている人たちが多いなんて。

最近の若い人たちには、テレビも新聞も不要になってきています。
新聞もネットニュースに移行。
テレビは、本当に面白くなくなってますね。とくにバラエティ番組が。

ひどい番組のスポンサー企業は、どう考えておられるのでしょう。
消費者として、今度生団連の会合で質問と提言をします。

いずれにせよ、いたたまれない思いの日々です。

けれども
「暴力」がのさばり、「暴力」に支配される社会にならないために、
皆さんと力を合わせて、安全安心な日々があたりまえの
}健全な社会にしていきたいですね。