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叔父を弔う 12月23日

叔父は、香川県丸亀市にて 多くの方に見送られ、安らかな顔で逝きました。
丸亀市長が弔辞を読み上げてくださいました。
 

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母が亡くなる前に、堺の病院までお見舞いに来てくれた叔父夫婦との

最期の面会のあと、母が「おとうと」と題して書いていた詩を、
コピーして叔父の胸元にいれてきました。

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叔父の新築の家まで見送り、残された家族たちと別れを惜しんで、
戻りました。

母の故郷である綾歌町の人々が、堺の仁徳陵造成の頃から堺に来ていたこと。
戦国の時代には、十河一族として、今堺の女性センターの隣の顕本寺さんや
その付近にあったという堺幕府を治めていたこと。

また万福寺のご院主さまが、呂宋助左衛門の末裔である堺の納谷一族との
縁もあると聞いて、母が堺で、また叔父も綾歌町で、姉に負けまいと
しっかり議員活動を行ってきたことの意味をあらためて、考えさせられました。

讃岐富士と満濃池、そして金比羅さん。
かつて 空海も訪れた のびのびとした 美しいこの風景の中で育った二人。

今頃、あの世で政治談義でもしているでしょうか。

私の弟たちと二人と3人で、昔のこと、母のことを語り、
これからのことをゆっくりと話せる時間もくれました。

生前の皆様のご厚情に感謝をし、母と叔父に感謝をした一日でした。

ありがとうございます。