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行為の意味  6月13日(月)一晩中の雨の後

昨日、高島屋の食品売り場で、上品な女性に声をかけられました。

80歳前後とお見受けしました。

うつくしく「梳き」の入った白髪が形よくセットされ、

きちんとした薄化粧と服装。なにより姿勢がぴんと張り・・。

「典子先生、これ。これを先生に差し上げようと思っていました。」

私は、このような人生の先輩に「先生」と呼ばれることへの

いつもの違和感を覚えながら

見ると半分に折られた一枚の紙。

広げると二つの詩が載っていました。

「これ、館長さん教養講座のときにいただいた資料です。」

確かに。A4サイズの紙には、

堺 自由の泉大学 男女共同参画市民啓発講座 とある。

日付は5月31日。

ああ、あのゴーヤカーテンの話の日の資料なんだ、

とわかりました。

 


 

行為の意味

 

――――あなたの<こころ>はどんな形ですか

と ひとに聞かれても答えようがない

自分にも他人にも<こころ>は見えない

けれど ほんとうに見えないのであろうか

 

 

確かに<こころ>はだれにも見えない

けれど<こころづかい>は見えるのだ

それは 人に対する積極的な行為だから

 

 

同じように胸の中の<思い>は見えない

けれど<思いやり>はだれにでも見える

それも人に対する積極的な行為なのだから

 

 

あたたかい心が あたたかい行為になり

やさしい思いが やさしい行為になるとき

<心>も<思い>も 初めて美しく生きる

――――それは 人が人として生きることだ

 

 

 

「私は、あの日、女性センターへ行って、

この資料をもらって、お話をきいて感動しました。」

 

 

資料にはもう一つ詩が載せられていた。

 



若葉の道

 

あなたのひとみに若葉がゆれる

わたしのひとみにも若葉がそよぐ

 

どんなに古い木でも

若葉だけは新しいみどり

新しいみどりにつつまれた木は 新樹

 

小鳥たちの声さえ新しく

こんなにすばらしい季節があるのだ と

生きるものすべての心がさけぶ

 

この道をわすれてはいなかったろうか

あくせくしすぎてはいなかったろうか

夢がちぢんではいなかったろうか

 

あなたのいのちが 伸びる若葉になる

わたしのいのちも 歌う若葉になる

 

若葉の道

 

 

 

騒がしい食品売り場の中で、

たたずむ私たちの間の空気が止まっているのを感じながら、

じっと詩を読んでいると

「私ね、昔あなたのお母様と一緒に婦人会館を建てる運動したんです。」

「えっ?」

「あんなに大勢の方々が来られてて、こんなにいいお話が聞けて。

運動をしたことをあらためて、誇りに思えました。」

「はい、ほんとにありがとうございました。」

「長い間、海外に住むことになって、あちらで夫がなくなり、

ひとりぼっちなので日本に戻ってきたんです」

「そうなんですか・・・」

「開講式もすごかったわね。

樋口恵子先生のような立派な方が学長で、

あの樋口さんと堂々と渡り合うあなたの姿に、

彩子さんが生きておられたらどんなに喜ばれたことか。

きっと天国で喜ばれていると思いますよ。

私でもこんなに嬉しいんですから。」

 

不思議な気持ちになりました。

この女性はどこから現れたんだろうと。

どうして、ここでこの紙をわたしに?

 

「では、またお会いできるわね。ごきげんよう」とにこやかな笑顔で、

手をわたしの方にそっと押し当てて、

さよならとほんの少し手を左右に振って去って行かれました。

 

それこそ この行為の意味を昨夜は一晩中、

雨の音を聞きながらかんがえていました。