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ミチェル・バチェレ事務局長と会う!(NYリポートその2)  8月16日

ニューヨーク時間 8月12日(金)

ニューヨークは、

快晴で雲一つない、素晴らしいお天気。

私たちが来る直前までは、

熱波で40度くらいの気温の日が続いていたらしいですが、

気温も29度くらいで快適です。

午前8時半。

UN WOMENの入っているビルの前で、

市長ご一行が来られるのを待つ。
昨日ミツシが、

来月にはここから新しい所へ引っ越しするんだと言っていました。
45分、市長ご一行、徒歩でご到着。
さあ、15階へ、と思ったらミツシから携帯に電話。

「新しいビルに来て」。
またドタバタ。

堺市の随行者に「場所の連絡は?」

「ここになっていました」とやり取りしながら、

時間がないので、

タクシーで、42丁目に。
セキュリティー登録をして入場。

バチェレ事務局長が元チリ大統領だったことや、

UN WOMEN自体が、

旧UNIFEMと他の女性関連の国連機関3つとの統合であるため、こんなに立派なビルに入ってるんだ・・、

と思いつつ4階へ。
到着後すぐに、

バチェレ事務局長、

プーリー事務局次長、

ミツシ担当官が入室。

 

 

ミチェル・バチェレ事務局長と

 

ミチェル・バチェレ事務局長と2

ミチェル・バチェレ事務局長と

 

 

バチェレ事務局長は、

真っ赤なスーツで満面の笑みで私たちを迎えてくれました。
まずは竹山市長との面談。

竹山市長もニコニコと、

そしてしっかりと対応されていました。

バチェレ事務局長は、

「堺市への感謝と堺市が男女共同参画の

日本のチャンピオンであること
などを、なんども述べられました。
そして竹山市長から、

「ぜひ堺へお越しください」とあると

「かならず行きます」とこたえられました。

11月に韓国訪問が決まっており、

その前後に来られるとのこと。

 

 

バチェレ事務局長の話を 真剣に聞かれ、真摯に答えられている竹山市長

世界のジェンダーの情勢や、

これからのUN WOMENについてのバチェレ事務局長の話を
真剣に聞かれ、真摯に答えられている竹山市長。



私は、バチェレ事務局長が時間がないことが

わかっていましたので、

必要な書類と手紙やお土産を手渡し、

肝心なことだけをしっかりと口頭で伝えました。

 バチェレ事務局長は「のりこ、ありがとう、わかった」とおっしゃり、

握手を交わしました。

 

 

左端の人が、ミツシ・ダスさん。 与謝野晶子の説明をしている私。 ちょっと内緒の話も。

左端の人が、ミツシ・ダスさん。与謝野晶子の説明をしている私。
ちょっと内緒の話も。

 

 

彼女は、思った通りの、

リーダーであり、政治家でした。

チリの前独裁政権であるピノチェト政権の時代に、

拷問によって父親を殺され、

またご自身も拷問を受けた人です。

その後ピノチェト政権を倒し、

大統領になった女性です。

単なる優秀なエリートでもなければ、

官僚でもない。

人の痛みがわかる人です。
UN WOMENも旧UNFEMユニフェム時代とは変わるでしょう。

だけど巨大な、国連という組織の中で、

またバチェレ事務局長も「改革」に御苦労なさることと思います。

でも、目的を達成することが大事なのであり、

それ以外のことは適宜、処理していくしかありません。

バチェレ事務局長が、

国連本部での会議に向かわれた後は、

プーリー事務局次長が対応。

インド人の女性です。

 

 

プーリー事務局次長と

プーリー事務局次長と

 


35年前には外交官として

日本のインド大使館に勤務しておられたとか。

少し日本語もまじえての話でした。 

竹山市長は、堺市のプレゼンスを強調され、

見事な交渉力でした。
市長が、次に日本の国連代表部に向かわれましたので、

その後約30分間、私はプーリー次長と話しました。

国連でもこのあたりのポジションに来ると、

あまり事の経緯や細かいことはご存じないのが普通です。
しかし、これはどこの国でも、

どんな組織でも言えることだと思いますが、

本当に優秀なリーダーは、

必ず自分自身で、事実を確認します。

どんなに有能な側近がいても

彼らのいうことを鵜呑みにはしません。
「はだかの王様」になったら、おしまいです。
バチェレ事務局長は堺市に来られるのです。

自ら積極的にそうおっしゃいました。
国連の上層部の人々は

「堺市」なんてほとんどの方が知らないのが普通です。
そこへ、「堺市」、「堺市」と売り込み、

何がすごいかを説明し、呼び込み、

見ていただくという努力をこれまで私たちはしてきたつもりです。
日本政府だってそうです。

東京の人たちだって「堺市?」という感覚が普通です。

 一つの地方都市でしょ、みたいな。

これまでの私が出会った
世界のいろんな方々が知っている

日本の都市と言えば、「東京」。

またせいぜい「京都」ぐらいまで。

あとは神戸ビーフ、

関心のある人で奈良くらいまでです。

今回の東日本大震災で、

東北のことをはじめて知った人も多いと思います。

ちがうんです。

堺市は。

だからもっと有名にならないと。
町の人口や面積、

企業の本社機能の集積や東京との距離、

なんて問題じゃないのです。

ここにどんな人間がいて、

堺市が何をやろうとしているかが、

重要なんです。
それが堺の「価値」なんです。

これは一朝一夕にできるものじゃない。
太古の古墳時代から、

堺市には他のどんな都市もが、

いまさらまねのできない歴史と自治の経験を有しています。

それが旧美原町との合併によって見事に完成されているのです。
常に世界レベルから堺を見る、

ということが大切だと思います。

そこに生きている人々の「力」が、

都市の格を決めるのです。
政令指定都市は外枠の格。

内容の格は「行政力」

そしてなによりも「市民力」が決め手です。
だから、ソフトが大事です。

高度経済成長のバブルの時代は

「外観」で高層ビルや橋や道路やと、

造ってればそれでなんとなく先進国風になれて

よかったでしょう。

でもこれからはちがうのです。


政治も、地方行政も、企業力も、

災害復興も「原点」に返って、

「人」の力をつけないと。

そのためには「教育」しかありません。

エンパワメントは教育によってしかなし得ない。

国連もこんな、

世界経済が逼迫している中で

その存在の有り様が問われる時期に来ています。

古い体質の国連職員は、

長い間、開発途上国の人々のサポートをしてきた中で、

非識字者や貧困にあえぐ人々を前に

「国連様」になってしまっていないか。
とくと検証が必要です。

おもしろいですね。

いま流行りの韓国の政治ドラマ、

日本の時代劇、小説、ローマのマキュアベッリ、

国や時代が違っても、

人間様の織り成すドラマには共通点があって。
この共通点を、

これからの時代に、プラスに活用することが、

新しい時代の政治に求められています。

何度目かのニューヨークが、

私には少し色あせて見えました。

たしかに治安はよくなっているけれど、

堺市の方がずっときれいな町。

ずっと住みやすいはずです。
これからの都市は、規模じゃない。

何を発信できるかです。