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Oー157学童集団下痢症の「碑」やっと 8月5日

事件から17年・・・。

やっと、ご遺族の希望が叶い、

本庁の玄関前に「碑」が建立されることが決まりました。

 

議員になる前からずっと関わってきましたが、

少しホッとしますが複雑な思いです。

 

3人の少女の命が失われてしまったことの悲しみは、

決して消えません。

 

いまだなお、後遺症に苦しんでおられる方、

それでもがんばっておられる方々の人生を思えば、

複雑な思いです。

 

でも、この事件を風化させないためにも

「碑」の設置は必要です。

この15年間、

「追悼と誓いのつどい」だけは、

堺市健康づくり推進市民会議が守り続けてきました。

一昨年から、

このつどいも堺市と堺市教育委員会が主催となりました。

 

何度も繰り返しますが、

子どもの命を奪ってしまった以上、

本当の意味での解決はありません。

子どもが生き返ってきてくれない限り。

 

それでも、

 教育委員会の北尾さんや高尾さんの努力が、

一つ実りました。

ご遺族と直接対峙するお二人は、

それはそれは大変だったと思います。

ご遺族ももっともっと大変な思いで

ここまで来てくださったと思います。

 

長い年月がかかってしまったのは、

事情を知っている私としても残念ですが、

教育委員会の職員や

健康づくり市民会議のメンバーや多くの市民が、

あきらめなかったことは事実です。

そして、

竹山市長、木村教育長というトップのもとで、

この話が決定されたというのも単なる偶然ではなく、

また時間が解決したというものでもありません。

やはりお二人のぶれない真剣な思いの

賜物でもあると私は認識しています。

この件に関しての歴代の市長や教

育長の対応を知っているからこそ言えることです。

もちろん過去の教育長や市長の中にも、

この問題に関して懸命に尽力された方々はいます。

 

いずれにしても、

思いの温度差はどこの集団の中にもあります。

言えることは、

たとえたった一人でも

なくなった3人の女の子たちに寄り添う人がいる限り、

「堺市」という町が、

心ある誠実な、

 当たり前の町であり続けられるということです。