本当に優しい人でした。
なかなか、横に並ぶ人がいないくらいの創業者であり、偉大な経営者でした。
人生の目的は、この世界から貧困と飢餓をなくすことだと。
ウクライナ🇺🇦やガザのことをいち早く心配されていました。
震災や大規模災害には、とにかく支援をされました。
日本🇯🇵の政治を憂い、常にご意見番として、行動されました。
生団連で13年間、共に働かせてもらいました。
堺にも何度か来てくれました。
そして、考えを聴いてくれました。私の博士号取得のお祝いにも駆けつけてくれました。
昨日、桜の花を見ているときに、もしかして?と思いました。やはり知らせてくれたんですね。
さよならと言うかわりに。
常に、真の民主主義、国民主権を実現せねばと、皆を励ましてくれました。
本音も吐露してくれたね。
ありがと。
まだまだ、これからとがんばっていたけど、残念すぎます。
だから、私もさよならは言わない。
きっと、空の上から清水信次前名誉会長と、がんばっとるか?と声をかけてくれそうだから。
小川賢太郎 生団連名誉会長、本当に、ありがとうございました。





