今日は七夕🎋だというのに、どんより厚い雲が空を覆い、東京へ行く唯一の楽しみの富士山にも会えなかった。
パラパラと降る雨も自分の心にも似て、晴れない。
悲しいとか寂しいとか、そんな言葉では、到底言い表せない。この喪失感は、おそらく一生消えることはないと思う。
行きたくないけど、行ってきた。
小川賢太郎会長とのお別れの会。お別れなんてしたくないので、そう思うのですが、本当にこの世から小川会長はいらっしゃらなくなってしまいました。
ホテルニューオータニ東京での献花と小川会長の人生の軌跡がパネル写真で紹介されていました。
ゼンショーを一代で、1兆円規模の世界一の外食企業に育てた創業者。世界の人に安全で美味しい食を手軽な価格で提供する。世界から飢餓と貧困を撲滅するという明確な目的と理念を持ち、実践されました。
#生団連 の会長としても、国民の生命と生活を守るために全力を傾注されました。
日本文化を特に重視して、世界に範たる国であることを常に求めておられました。
その精神やご遺志は、小川洋平さんをはじめとして、わたしたちにも受け継がれています。
小川洋平さんによると小川賢太郎会長は、 願わくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月の頃という西行の歌をよく引いて日本人の心と美意識を説かれておられたとのこと。
最期は自ら、桜満開の頃に静かにその人生を閉じられたとお伺いし、小川会長らしいなと涙しました。
私のような者にも、心を砕いていただき、堺にも二度もお越しくださいました。
賢ちゃん、典ちゃんと呼び合うことも許され、メールのやりとりも温かいお人柄そのもの。
会長と二人だけの秘密㊙️は大切な宝です。学びと感謝に満ち溢れています。
会場には多くの方々が来られており、田中賢了前生団連事務局長とお会いできました。なんと今、キリンシティ株式会社の社長になられていました。
小川会長が聞かれていたら、さぞ喜んでくださったでしょうね。そんな話をしながら、小川会長を偲びました。
自分の人生の中で、小川賢太郎会長に出会えて、共に仕事をさせていただいたことは、最高の幸せでした。本当にありがとうございました。
これからも、よろしくお願いします。

ホテルニューオータニの七夕🎋飾り。
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献花会場。









小川賢太郎会長は、コーヒーのフェアトレードを実現されました!






武部勤自民党元幹事長の画。


